ファイナンス理論の入門書3冊目。著者の田中氏、保田氏はそれぞれUBS、リーマンブラザーズ等で投資銀行業務の経験があり、書名のとおり実践的な内容となっています。
文量の2/3ほどはバリュエーションについてで、資本コスト、WACCやCAMPを説明してからメガネトップを題材にDCF法により企業価値を算出します。マルチプルによる類似会社比較法も扱われます。残り1/3はM&A、株主還元政策、IR戦略といった雑駁な話題について触れられています。小売業や飲食業など、toCの身近な企業が例に使われており、内容を理解しやすくなっています。
『企業価値評価【入門編】』、『基本から本格的に学ぶ人のためのファイナンス入門』に比べると、扱われているテーマの幅が広く、日本株の投資家にとって身近な話題が多いです。たとえば株主優待の是非や、個人投資家を軽視する風潮についてもページを割いています。ファンダメンタルズで売り買いする個人投資家が投資に活かせるという点では、本書が3冊の中でもっとも有用であると思いました。
以下は読んでいて面白かったところのメモです。
TOBの票読み
TOBを実施するときは成立に必要な株数を集められるよう、株主がいくらなら売ってくれるのか票読みをする。
DCF法や類似企業比較法では妥当な株価がレンジで得られるが、株主はそれらの算出結果はあまり気にせず、彼らが株価に対して持っている期待や、TOB価格と市場価格の差(プレミアム)を気にする傾向がある。プレミアムは一般的に30%程度に設定されるが、30%を下回るプレミアムで成立したケースも、100%を超えるプレミアムで失敗したケースもあり、既存株主がいくらなら株を売ってくれるかの見極めが重要となる。
既存株主は自分の買値を下回るTOB価格には不満を抱く可能性が高い。TOBでは少なくとも2/3の株数を買い集めたいので、2/3の株主にとって十分な利益が出るようなTOB価格を設定したい。そこでVWAPの考え方を使って、直近1年間などの期間で価格帯ごとの出来高を参照し、TOB価格を下回る出来高が一定割合を超えるようにするという手法がある。
LBOの利益の源泉
PEファンドがLBOで大きなリターンを得られるのは、彼らの手腕によって被買収企業の業績を改善させるからだというイメージがあるが、(もちろんその要因もあるものの)どちらかというとレバレッジの効果が大きい。
(本書では例を示してレバレッジの効果を説明していますが、文章でうまく書くのが難しい。本書8章を参照されたし)
そのため、PEファンドが手がけるのは「衣・食・住」に関連する企業が多い。レバレッジを効かせたファイナンスになるので、将来にわたって安定したキャッシュフローが見込まれる企業でなければ、デットを提供する金融機関がお金を貸すことができない。ベインキャピタルが東芝のメモリ事業を手がけた事例なども最近では出てきているが、あくまでもレアケースである。