ディストレスト投資で知られるハワード・マークスが市場サイクルについて書いた本。景気サイクル、企業利益サイクル、信用サイクル、ディストレスト・デットのサイクル、不動産サイクルを取り上げて、それぞれのサイクルがどのようなパターンを辿るか述べたものです。
サイクルの上昇局面あるいは下降局面が長期化したり、極端に大きく進んだりすると、「今回は違う」と言い始める人が出てきて、そのための理屈がひねり出される。しかしサイクルには自律調整力があるため、やがて振り子のように逆戻りのプロセスが始まり、後から見ればサイクルの一局面にすぎなかったことがわかる。その時々のマーケットの雰囲気にとらわれず、俯瞰的な視点で投資に向き合うための手がかりが書かれています。
著者はマクロの予測が難しいことをことわった上で、投資家は市場サイクルのどこにいるのかによってリスク量を調整すべきであり、そのために市場サイクルの知識が役に立つといいます。自分はどちらかというと「マーケット全体の動きはわからないから常にポジションサイズを一定に維持する」という考えでしたが、コロナショックで大きなDDを喰らって最近ではちょっと違うかもと思っていて、今後のリスクコントロールの参考になりそうだと思って読みました。
マクロ情勢の未来を予測しようとしても、すぐれた投資パフォーマンスの達成にはつながらないだろう、というのが私の考えだ。マクロ情勢の予測によってアウトパフォーマンスを実現したことで知られる投資家は、ほんの一握りしかいない。
(中略)
私の考えでは、ポートフォリオをある時点において最適な形で組むには、攻撃性と防御性のバランスをどのようにとるか決めることが最良の方法である。そして、そのバランスは、その時々の投資環境の変化や、さまざまな要素がサイクルの中で位置している場所に応じて、調整すべきである。
内容としては『投資で一番大切な20の教え』の8章や15章の内容を引き延ばしたような感じで、著者が顧客向けに書いてきたレターを引用して解説を加えるというスタイルも同じですし、そもそも『投資で一番大切な20の教え』からの引用もちょくちょく出てきます。『投資で一番大切な20の教え』を先に読んだほうがよく、それで物足りない人がより深く学ぶために読む本と思います。
以下は読みながら取ったメモです。
景気サイクル
- 長期と短期のサイクルがある
- 長期の景気サイクルは、人口動態の変化、労働投入量(労働参加率や1人当たり労働時間)、教育水準、技術革新、グローバル化等に左右される
- 短期の景気サイクルは、人々の心理や感情、経済見通し、在庫によって左右される。労働者数と所得額が安定していても限界消費性向は短期的に変動する。また、資産価格が上昇すると人は支出を増やす傾向がある
- 経済見通しには自己実現的な側面があり、人々が将来の好況を見込んでいれば支出と投資が増え、実際に好況が訪れることとなる。逆もまた成り立つ
- 戦争や天災のような外生要因も短期サイクルに影響を与える
企業利益サイクル
- 企業利益は景気サイクルの影響を受けるが、経済全体の変動よりも激しく不安定である
- 化学品、金属、プラスチック、エネルギー、半導体などの業界は景気サイクルの影響を直接的に受ける。逆に食品、飲料、薬品などは景気サイクルに左右されにくい
- 低価格の消費財に対する需要はさほど変動しないが、高級材への需要は激しく変動する
- 耐久財は長期間使えるため、景気低迷時に買い換えが先延ばしになる傾向があり景気サイクルによって大きな影響を受ける。また、耐久財は融資を受けて購入することが多いため信用サイクルの影響も受ける
- 財務レバレッジの高い企業は景気サイクルの影響を大きく受ける
信用サイクル
- 各種サイクルの中で最も激しく変動し、最も大きな影響を及ぼす
- 信用サイクルが加熱すると、金融機関は本来なら融資に値しない借り手やプロジェクトに資金を提供するようになる
- 資本コストが資本収益率を超えるプロジェクトへの投資が行われ、資金が回収できなくなると、信用サイクルは下降局面へ反転する
- 信用サイクルの底では、利用可能な資本の規模が縮小し、超優良な借り手しか対象にならなくなる
- 信用サイクルに対処するうえで重要なのは、すべてが順調な状態がしばらく続いており、良いニュースが絶えず、リスク回避志向が薄く、投資家が意欲的なときに、サイクルが頂点に達するのだと認識すること
ディストレスト・デットのサイクル
- 債券への冷静さが保たれている時期には、貸し手や債券投資家は十分な安全域を求める
- 信用サイクルが過熱すると、状況が少し悪化しただけで返済ができなくなるような債券が発行されるようになる
- その後景気後退が起こると債券がデフォルトし始め、投資家がリスク回避志向を強めて債券相場が急落する
- 景気が回復するとデフォルト率が低下し、債券価格は上昇に転じる
不動産サイクル
- 景気が良くなると不動産への需要が拡大し、デベロッパーが建設意欲を高める
- 低コストでの資金調達が容易になり、プロジェクトの予想リターンが向上し、建設着工件数が増加する
- 着工してから竣工まで数年の時間がかかるため、好況から不況に移り変わってしまうことも多く、空室率の上昇や相場下落によりリターンが低下する
- 不況で建設活動が低迷し、建設資金が調達しにくくなる