ヘッジファンドの用いている投資戦略を博物学のように分類し、ヘッジファンド運用者のインタビューを引用しながら紹介した本。著者はビジネススクールの教授であり、講義で使っている教材を元にして本書を書いたそうです。
こちらが本書で取りあげられている投資戦略。個人投資家に実践できる戦略は多くありませんし、どちらかというと知的好奇心を満たすために読む本でしょう。マーケットにどのような参加者がいて、なにをやっているのかを理解する手がかりにはなりそうです。
個人的には、名前はわかるけど詳しくは知らない戦略がいくつか取りあげられており、どういう狙いでやっていて、なにが利益の源泉になっているのか知ることができて勉強になりました。キャリー取引やマネージド・フューチャーズ(CTAがやっているトレンドフォローのことをこういうらしい)など。
以下は読みながら取ったメモです。
ファンダメンタル・クオンツ
バリュー、モメンタム、クオリティ、サイズ、低ベータといったファクターを利用したクオンツ戦略。
数百~数千の銘柄にポジションを分散し、銘柄固有のリスクを取り除く。ロングとショートを組み合わせてマーケットニュートラルにすることが多く、セクタごとのリスクを除去することもある。このような操作によってベットするファクターに付随するリスクのみを残すことができる。
ファクター投資を扱う学術研究では、上位10%の銘柄をロング、下位10%をショートし、月次のリバランスでシミュレーションすることが多い。しかしこの方法は回転率が非常に高くなるため、実際に使われることはほとんどない。クオンツは取引コスト控除後でパフォーマンスが最大になるようにリバランス戦略を構築する。
レバレッジをかけることが多いが、それには2007年クオンツショックのような流動性スパイラルのリスクがある。
統計的裁定取引
ファンダメンタルズの分析にあまり依拠せず、裁定関係と統計的関係に基づくクオンツ戦略。
明示的な裁定取引の関係にあるか、そうでなくても統計的に似た動きをする株式のペアを見つけ出し、それらの価格が乖離している状況を特定した上で、上がりすぎているほうをショート、下がりすぎているほうをロングして価格差が収束することにベットする。
より広い株式のユニバースを考えて、出遅れた銘柄群をロング、先行して上昇している銘柄群をショートすることもある。
洗練されたリバーサル戦略としては、特性が類似している株式のリターンから、別の株式の期待リターンを推定し、期待リターンと実際のリターンの残差が反転することにベットするものがある(残差リバーサル戦略)
高頻度取引
クオンツ戦略の1つ。今日の高頻度取引(HFT)は流動性供給以外にも多くの戦略を取る。
昔ながらの流動性供給では、株式の均衡価格を推定し、均衡価格のすぐ上に売り指値、すぐ下に買い指値を入れる。当該株式や他の株式の注文動向に基づいて、常に均衡価格の推定値を更新し、注文を変更していく。さらに在庫リスクを管理する必要があり、注文に強弱を付けて自らのポジションが減る方向に市場全体や業種のエクスポージャーを管理する。
いくつかの推計に寄れば、HFTは指値よりも成行で取引することが多くなっている。小口注文にわけて数時間ないし数日かけて取引する大口の参加者を特定して利用したり、互いに関連する証券間の相対的なミスプライシングを利用したり、ニュースなどで株価が変動するときに古くなった指値注文を利用したり、戦略が多様化している。
キャリー取引
経済学の学説には、高金利通貨は減価する傾向があり、金利差は平均的に相殺されるというものがある(金利平価説)。しかしこの説はデータによって明確に棄却される。
先進国の為替市場において、高金利通貨は平均的には大きく減価せず、キャリー取引は歴史的に利益を上げてきた。ただし、キャリー取引の特徴として、小さな利益を普段は得る一方で、大きな損失を散発的に被る。キャリー取引が巻き戻される時期に、ほとんどの高金利通貨がいっせいに下落するからである。そのためキャリー取引にレバレッジをかけることにはリスクがともなう。
通貨でおこなわれることが多いが、債券、イールドカーブ、株式、コモディティでもキャリー取引は可能である。株式の場合は高配当株をロングし低配当株をショートする。
マネージド・フューチャーズ
単純で実装が容易なトレンドフォロー戦略、特に時系列モメンタム戦略。
過去のある期間の超過リターンが正であった市場をロングし、逆をショートする。コモディティ、株式先物、通貨フォワード、国債といった流動性が高い市場が対象となる。
さまざまな参照期間や資産クラスに渡ってトレンドが存在することには強い証拠がある。また、この戦略は株式市場の極端な上昇や極端な下落の時期にパフォーマンスがもっとも良い。
トレンドが生じる根拠には以下のようなものがある。
アンカリングと不十分な修正: 人々には見通しをヒストリカルデータに強く結びつける傾向があり、新しい情報を受けても不十分にしか見通しを修正しない ディスポジション効果: 人々には、勝者の売却を急ぎすぎ、敗者にしがみつきすぎる傾向がある リバランス: 機械的にウェイトをリバランスする投資家はトレンドに逆らった売買を行う ハーディングとフィードバック取引: 価格がしばらく一方向に動くと、時流に乗ろうとするトレーダーが現れる 確証バイアスと代表性: 投資家が直近の収益性が高い投資に資金を動かす
流動性スパイラル
市場の下落と流動性の枯渇による逆フィードバックループ。
市場に何らかのショックが発生して、レバレッジをかけているトレーダーに損失が生じると、彼らはポジションを圧縮する。これによる売り圧力が価格を下落させ、トレーダーにいっそうの損失をもたらす。すると市場のボラティリティは高まり、流動性が低下する。(こうしたトレーダーは平常時には流動性の供給者であるため)
ボラティリティが高まるとプライムブローカーは証拠金率を引き上げ、トレーダーはさらなるレバレッジの圧縮を強いられる。このように連鎖的に投げ売りが生じてその間は市場の下落が続く。
レバレッジの圧縮が終わると、価格はファンダメンタルズに引き寄せられて反発し、新たな均衡価格で安定する。このとき、トレーダーの退場や資金調達の困難化により、新たな均衡価格は以前よりも低くなる。
2007年から2009年の金融危機もこのような形で拡大し、サブプライム市場からその他のモーゲージ市場へ、さらには株式市場、通貨市場、コモディティ市場などに波及した。
暴落の最中にいるとき、損失が流動性スパイラルによるものなのか、ファンダメンタルズによるものなのかを見極める必要がある。流動性スパイラルは最終的には収束し、ほとんどの場合に反発するのに対して、ファンダメンタルズによる損失は継続する可能性が高い。
流動性スパイラルは滑らかに下落した後に、滑らかに反転上昇し、最終的には下落が始まったときよりも低い水準で安定する。この下落と反発は流動性スパイラルの特徴で、フラッシュクラッシュなど多くの流動性イベントで見られた。