駄犬の株ログ

「株価は、恒久的に高い高原のようなものに到達した」(アーヴィング=フィッシャー, 1929年)

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「株価は、恒久的に高い高原のようなものに到達した」(アーヴィング=フィッシャー, 1929年)

[投資本] 企業価値評価【入門編】(鈴木 一功)

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ファイナンス理論およびDCF法の入門書。バリュエーションについて書かれたものを読むと資本コスト、効率的ポートフォリオといった言葉がたびたび出てきます。ググって上っ面の語義だけは頭に入れていても、その意味を正しく理解しているわけではなく、浅くてもよいから体系だってファイナンス理論を勉強しておこうとして読みました。

著者はみずほのM&A部門で企業価値評価の業務に携わっていた経験があり、本書の内容も実務者向けに書かれています。「現場ではこれこれこうしている」「Excelのこの関数を使えば計算できる」といった記述が頻繁にでてきます。また、数式を使わずに平易な日本語で説明してくれることが多いです(それでも2ページに1つくらいは数式が出てきますが)

第一部では現在価値と割引率の考え方から入って、将来のCFを現在価値に割り引くために資本コストを知る必要があり、そのための道具としてCAPMやWACCがあることが説明されます。また、CAMPの背景として現代ポートフォリオ理論にも言及されます。第二部ではモスフードを題材にして、DCF法で企業価値を算出します。財務諸表のこの数字を拾ってきてこう計算して……というのが1つ1つ書かれている詳細なもので、Excelを使って手を動かしてやってみると良い練習になるな、と思いつつ丸1日潰れそうでやっていないです。前提知識を要求しない書き方で文章も読みやすく、初学者が読むのに適した本であると思います。

以下は読んでいて面白かったところのメモです。

最適資本構成

企業は資本を株式と負債で調達するが、負債には節税効果がある。負債の支払利息が法人税の課税対象から控除されるためである。負債があるとCFが節税効果のぶんだけ増加し、よって企業価値も大きくなる。また、負債にはWACCを引き下げる効果もある。

では資本に占める負債の比率が大きいほどよいかというとそうではなく、負債があまりにも大きくなってくると、財務的困難に伴うコスト(Financial Distress Cost)によって企業価値が毀損されてしまう。

そのため、株式と負債の比率(D/E比率)と企業価値には以下のグラフ(本書p.108)のような関係があり、企業価値を最大化するD/E比率がある。これを最適資本構成という。

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ものの本を読んでいて「無借金経営が必ずしもよいわけではありません。適切な負債の規模というものがあるんですよ」という記述を目にすることがままあります。理由はいくつも付けられるでしょうが、その1つとしてこういう考え方があるんだと知りました。

株を始めたてのころは無借金の企業が優れていると思っていて、四季報で有利子負債の数字がデカい銘柄を敬遠していたんですが、本書を読んでいたらああいう初心者っぽい勘違いを引っ張らずにすんだかもしれません。

DCF法の問題点

  • WACCは長期的に資本構成が一定であることを前提としており、資本構成が変化すると見込まれる企業には適さない(負債を本業のCFで返済し、負債比率を低下させる計画の企業など)。このような企業についてはAPV法を用いるべきである
  • 伸び盛りの企業に対する企業価値評価は、長期の予測に不確実性が多いこと、継続価値の算定が不安定になることから、標準的なDCF法を適用するのは容易ではない。実務では複数のシナリオの加重平均を取る、数理的な確率過程を用いるといった対処方法が用いられる
  • 企業買収の実務では買い手や売り手が希望している株式価値がまずあって、その数字に寄せるようパラメタを調整することが珍しくない。マルチプル法、上場企業比較法などの別の方法を使って算出した結果と比較するのはそのため

DCF法のノウハウ

本書第二部に記載されている、実務でこうやってるよという話。モスフードが題材なので外食産業の業態に依存している箇所があるかも。

  • 3~5年の中期予測については、企業の営業計画などを参考に予想されるB/SやP/Lを作成する。予測値は売上個数、商品単価の動向などから積み上げる。その後10年目までの期間については、売上高、利益率、資本回転率などに的を絞って簡易的な予測を作成する。業界団体などの長期予測が参照できる場合は活用する
  • 営業用現金、売上債権、棚卸資産、買入債務といった営業運転資金については、過去の業績分析から売上高に対する比率(回転率)を求めて、それを参考に将来の残高を予測するのが一般的
  • 有形固定資産、とくに償却対象資産については、(1)有形固定資産の減価償却後の残高が、売上高の一定比率になるよう維持する方法、(2)有形固定資産への投資額が売上高の一定割合となるよう維持する方法、の2つがある。(1)は有形固定資産のストック性に着目し、有形固定資産が売上の源泉であるため一定の比率が保たれると考える立場。(2)は業績によって投資金額は左右されるため、売上の一定割合を新規投資に回すと考える立場
  • CFを割り引く税引後WACCは、本来であれば金利水準や資本構成によって毎年変化するはずだが、実務上は一貫して同じ数値を用いることが多い
  • 株主資本コストの推定では、実務ではCAMPが用いられることが圧倒的に多い。また、市場リスクプレミアムは過去の株式、債権の利回り実績から推定する方法、ベータにはMSCI社の発表するBarraベータもしくは過去の株価収益率から回帰分析で求めた数値を用いることが多い
  • 有利子負債資本コストの推定では、長期の社債における流通利回りを参照するのが一般的。その企業の最長期間の市場利回りから、日本国債との利回りとのスプレッドを求め、スプレッドをリスクフリー金利に加算する