駄犬の株ログ

「株価は、恒久的に高い高原のようなものに到達した」(アーヴィング=フィッシャー, 1929年)

駄犬の株ログ

「株価は、恒久的に高い高原のようなものに到達した」(アーヴィング=フィッシャー, 1929年)

[投資本] 天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す (エドワード・O・ソープ)

f:id:bone-eater:20210225211151p:plain:w300

元祖クオンツエド・ソープの著書。幼少時代の神童っぷりから始まる自叙伝が最初の2/3ほど、自身の投資哲学が残りの1/3ほどという構成です。5歳で幼稚園から小学校1年生に飛び級、その後も卓抜した知的能力を発揮し続けて、大学の先生をやりながらカジノに乗り込んで荒稼ぎし、巨大なクオンツファンドを運営し市場平均を遙かに上回るパフォーマンスを上げるという、ずっとマリオのスター状態みたいな人生が描かれます。

株式投資の観点からは、エド・ソープがマーケットで勝てるようになるまでの過程と、ファンドで行われた投資手法の説明を興味深く読みました。

エド・ソープはブラックジャックのカードカウンティングを研究し、カジノで実践して大きな利益を上げます(他にルーレットとバカラにも取り組んだ)。しかし顔が知れ渡るにつれてネバダ州のカジノから警戒され、あちこちで出入り禁止を言い渡されるようになります。ときには身の危険を感じる出来事もあったそうです。そこでソープは「地上最大のカジノ」たるウォール街でギャンブルの知識を試そうと考えます。

ソープは1964年の夏から投資の本を濫読し勉強をはじめますが、クオンツ的なアプローチに辿り着くまでに、いくつか素人っぽい失敗をしています。

  • 新聞の記事に有望と紹介されていたエレクトリック・オートライトという株を買ったところ、40ドルの買値から20ドルまで値下がりした。そのまま塩漬けにして40ドルに戻ったところで手じまった
  • 銀の需給が逼迫すると見て銀先物を買ったところ、しばらくは価格が上昇して含み益を得たが、その過程でピラミッディングをしてレバレッジを上げていたため、天井を打つとすぐに強制決済となった

これらの経験からはアンカリング効果、リスク管理の重要性、エージェント問題について学んだといいます。また、このときに読んだ本や雑誌のほとんどは紙くずだったとも書かれています。

そうしているうちに1965年に転換社債のパンフレットから転換社債と現物株の裁定取引のアイディアを得ます。転換社債は債券とコールオプションを組み合わせた商品で、オプション部分の価値を正確に算出できれば、割高な転換社債のショートと現物株のロングでサヤを取れるというわけです。この方法はうまくいって年に25%の利益を出し、以後のソープは一貫してクオンツ的なアプローチを用いるようになります。

ソープはこれまでに2つのファンドを運用しました。1つ目は1969年に設立されたプリンストン・ニューポート・パートナーズで、多くの出資者から資金を集め、一時期は10億ドルを超える資産を運用していました。ファンドはすばらしいパフォーマンスを継続したものの、1987年の強制捜査をきっかけに解散に至ります。2つ目は1994年に設立されたリッジライン・パートナーズで、ソープとトレーダー1人の2名体制で運営される小さなファンドでごく限られた出資者の資金を運用し、2002年に解散しました。

本書ではそれぞれのファンドについて、投資手法の概要が説明されています。プリンストン・ニューポート・パートナーズについては、10億ドル規模の巨大ファンドであったため多様な方法を組み合わせていたようで、以下の5点で運用されていたといいます。上巻のp.533から引用します。

  • 転換社債ワラント、オプションを分析するコンピュータ・モデルとトレーディング・システム。これを使ってすでに日本のワラント市場で最大のプレイヤーになっていた
  • 統計的裁定。普通株を分析するコンピュータ・モデルとトレーディング・システムで、ティッカーをリアルタイムで200万ドルかけた私たちのコンピュータ・センターに供給し、自動的に注文を生成し、取引所のフロアに送る。2.4メートル四方のパーティションから、私たちは1日に100万株から200万株の注文を出した。これは当時のニューヨーク証券取引所の日次出来高の1%から2%に相当する
  • ソロモンブラザーズから私たちに加わった金利の専門家のグループ。同社にいるとき、彼らはほんの8ヶ月のあいだに会社に5000万ドルの利益を上げさせた
  • MIDAS。この指標による株価予測システムのおかげで、私たちは広範な資産運用ビジネスに参入できた
  • OSMパートナーズ。『ファンド・オブ・ヘッジファンド』で、ほかのヘッジファンドに投資する

リッジライン・パートナーズではスタットアーブをやっていたようで、下巻19章でそのおおまかな内容が説明されています。自分の理解でまとめると以下のようなものであったようです。

  • 米国の大型株1000銘柄を投資対象とする
  • ソープの開発したモデルから1000銘柄の適正価格を算出する
  • 現在の株価が適正価格から一定以上乖離した銘柄を見つけたら、割高なものをショート、割安なものをロングする。ロングとショートを組み合わせてマーケットニュートラルとする(ベータヘッジ)
  • 株の回転率としては2週間に1回すべて入れ替わる

モデルについては断片的なことしか記述がないのですが、ファンダメンタルズ、テクニカル両方のデータを使用し、その具体例としてPER、PBR、時価総額が挙げられています。また、2002年にファンドを閉じた理由として、似たようなスタットアーブを使うファンドが増えたために2000年と2001年のパフォーマンスが落ちたことを挙げています。

クオンツ初期の歴史を描いた本としても読めますが、それよりも天才エドソープがマーケットで無双するなろう小説のノリで読む方がずっと楽しめます。読んでいてワクワクするすばらしい本でした。